日韓関係、問題はどこにあるのか ― 2.「歴史司法化」を超えて (1)新日鉄徴用判決を読む<1>

2.「歴史司法化」を超えて

(1)新日鉄徴用判決を読む

<1>判決文の前提―日韓併合不法論

韓国大法院(日本の最高裁判所に当たる)の徴用問題判決に抗議し、仲裁委員会の設置を要求(2019/5/20)した日本に対する非難の声が高い。しかし、2018年10月に出された新日鉄徴用判決を含む朝鮮人徴用問題に対する政府間の協議を2019年1月に要請した日本が、韓国政府からの答えを待たずに仲裁委員会設置の要請に移ったのは、「韓国政府のできることには限界がある」とした李洛淵(イ・ナギョン)総理の発言が原因だった(2019/5/21、河野外務大臣の記者会見)。国内的な対応が困難であれば仲裁委員会の設置に応ずるべき、とした河野外務大臣の指摘は、残念ながら論理的には正しい。
今からでも韓国政府は日本の要請した政府間の協議に応じるべきだ。第三者が介入することになる仲裁委員会が動くことになれば、決して韓国に有利にはならないからである。国際法の専門家による意見に関しても後述するが、韓国の論理と態度は、世界に共有されている普遍性とはかけ離れているように見える。

4ヶ月間も政府が大した動きを見せなかったことの表面的な理由には、「司法に対する尊重」というものがあった。しかし、肝心なのは司法そのものではなく、判決における正当性である。
重要な事案であるだけに大統領は当然この判決を読んだはずだが、だとすれば青瓦台の無対応は(注-2019年6月19日に両国の企業による財団設置を提案。この文の原文は5月に書かれている)単なる「司法府尊重」を超え、「判決内容自体に対する同意」である可能性が高い。実のところ文在寅大統領は、2000年に釜山で起きた三菱重工業に対する初訴訟において、原告側の弁護人をつとめた人でもある。

新日鉄が被告となった徴用判決において、大法院は新日鉄に、徴用「被害者」に対して一億ウォンを賠償すべしとする判決を下ろした。ところで、ここでの一億ウォンとは世間の理解とは違い、未支給賃金に対しての賠償金額ではない。大法院の判事たちが被害者への支給を命じた金額は、「不法な植民地支配および侵略戦争の遂行と直結する日本企業の反人道的な不法行為」に対する「慰謝料」である。
したがってこの判決は、「徴用者たちが日本企業で働いたのに賃金が支払われなかったから、賃金を支給しなさい」とするものではなく、「日本は、自国国民に対して行ったことと同様に朝鮮人を戦争遂行のための労働に動員した。しかし、日韓併合は‘強制的’に行われたものであり、朝鮮が日本になったことはない。よって動員自体が不法になるので、それに対する慰謝料を支払うべき」とする判決である。この判決には「日韓併合は不法である」という思考が前提とされている。

強制的に押し付けられた日韓併合だから不法、とする主張は、ソウル大学の李泰鎭(イ・テジン)教授によって90年代から訴えられた考えである。だが、この主張は、90年代半ばに日本人学者たちとの激しい論争を巻き起こし、未だにアカデミズムにおいては両方の接点は見出せていない。
そのような合併不法論を大法院が採択したことは、その是非はともかくも、学界でなお議論中の主張を定説として採択した、ということになる。言うならば2018年の判決は、アカデミズム内で議論中の事柄であるにも関わらず、一部の学者たちの主張のみを採択して下された判決である。

このことだけでも、以前言及した「歴史の司法化」の孕む問題が見えるはずだが、問題はさらに他のところにもある。よく知られているように、日本は「日韓併合」が合法であったと考えている。「韓国皇帝陛下は,韓国全部に関する一切の統治権を完全かつ永久に日本国皇帝陛下に譲与」し、「日本国皇帝陛下は,前条に掲げた譲与を受諾し,かつすべて韓国を日本帝国に併合することを承諾する」という文章ではじまる条約文を用意しただけでなく、日英同盟と桂・テフト協定をもって朝鮮に対する支配権を欧米に認めさせる手続きも忘れなかったからである。
そういうわけで日韓併合の「不法」性を認めない日本が、合併不法性を前提とする判決を受け入れる状況は想定しにくい。日韓併合不法論は、原告側に味方するための決定的な根拠として用いられたはずだがが、この説に頼る限り、いかなる要求にせよ日本の同意を得ることはかえって難しい。そうした構図を、原告側はもちろんのこと、大法院の判事たちは全く考慮していなかったようだ。

判決文を見れば、日本が1938年に「国家総動員法」を制定し、1942年に「朝鮮人内地移入斡旋要綱」で官斡旋によって人手を募集し、1944年には国民徴用令を制定して国家が主導する徴用対象に朝鮮人も含ませたという事実を明記している。言い直せば、時期によって動員の仕方が異なっており、「法」に基づく動員であったことを明示している。にも関わらず、その差異を区別せず、すべてを「不法の植民地支配および侵略戦争の遂行と直結する日本企業の反人道的な不法行為」と規定するのは、他ならぬ「日韓併合不法論」を前提とするからだ。この判決を下した人々は、「日帝時代に朝鮮人は(法的にも)日本人ではなかった」と考えていたことになる。

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