1。ぺ・チュンヒさんへの想い
1.慰安婦問題との出会い、『帝国の慰安婦』まで
すでに書いたことがあるが(「外交とは何か」 ,2014/3/11, facebook note)
私は1990年代の初めに東京で行われた元慰安婦たちの証言集会
もっとも、運動や本格的な研究を早くに始めた人たちに比べれば、
私の研究対象は日本近代文学である。そのため、
私は当時、
それでも慰安婦問題に対する関心を持続できたのは、
さらに、韓国で日本学を教える者として、
元慰安婦の方と直接会って話す機会を得たのは、
特に新鮮な衝撃を受けたのは、金君子さんの抱く憎しみが日本軍よ
この日得た認識を、私は2年後に出版した『和解のために』
2005年、私は初めて慰安婦問題を扱った本『和解のために–
しかし、韓国ではいくつかの書評を得ただけで、
そして、その年の暮れに、前年度の2004年に小森陽一さん、金
翌年の終わり、日本で『和解のために』が翻訳された。
そしてその年の夏、「和解のために」に対する最初の批判が現れた
そして2008年、2009年に徐京植さん、
両氏は、私の本が日本の右翼の賞賛を得た、
この時の選択が間違った行動だったことを知ったのは、
あるいは、
2010年代に入り日韓の関係は更に悪化し、
そして2011年の秋、
つまり、わたしは「売春!」と主張する人たちに向けて、
2012年の4月と5月に慰安婦問題解決に向けての日本政府の試
つまり、<帝国の慰安婦>はもともとは日本に向けて書かれたものである。
それまで戦争犯罪としてのみ扱われてきた慰安婦問題を朝鮮人慰安婦に限定しつつ植民地支配が引き起こした問題として考
同時に、業者や村の人々、さらに親など韓国の中の責任を問うこと