새 웹사이트를 공개하면서.

새로운 웹사이트를 공개합니다. 아직 많은 곳이 비어 있습니다. 시간을 두고 차차 채워나갈 생각입니다. 우선은 재판 경과, 재판자료 일부, 그리고 발간직후 서평과 인터뷰가 중심입니다. 올리기 위해 서평을 다시 읽어 보니 착잡한 심경입니다. 마음을 열고 읽어주시고 기사화해 주신 분들께, 늦었지만 감사 말씀 전해야겠습니다.   기자 분들 중 한 분이 이렇게 써 주셨더군요. 지은이가 제안하는 ‘식민지배의 기억을 온전하게 바라보는…

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‘제국의 위안부 고발 사태’ 경과

제국의 위안부 고발 사태를 정확히 이해하는데 도움이 되고자, 『제국의 위안부』 발간 이전, 박유하 교수가 10년전에 낸 『화해를 위해서』 에서 부터의 경과를 알려드립니다 2005년 9월 박유하, 『화해를 위해서—교과서/위안부/야스쿠니/독도』 (뿌리와 이파리) 발간 이듬해, 2006년 문화체육관광부 우수교양 도서로 지정 『화해를 위해서』 중 위안부문제 부분 본문 다운 받기 2006년 11월 박유하, 『화해를 위해서』 일본어판 간행(헤이본샤) 2007년 12월 일본어판 『화해를 위해서』,…

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제국의 위안부 삭제판

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기억의 정치학을 넘어서 – 『제국의 위안부』 피소 1년

1. 위안부 문제를 둘러싼 인식의 변화 위안부 문제에 관한 인식을 둘러싸고 이 1년 동안 현저한 변화가 있었습니다. 작년 8월에 나온 <아사히신문>과 <홋카이도신문>의 ‘강제연행’에 관한 과거의 기사를 취소한 사태는 그 첫걸음이었습니다. 그에 이어 지난 5월에는 미국의 저명역사학자들이 이 문제에 관한 의견과 제언을 발표했습니다. 무엇보다 주목 해야 할 것은 한·일 지원 단체들이 기존의 입장을 바꾼 일입니다. 충분히…

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가라타니 고진 메시지 – 박유하씨의 작업

박유하씨의 작업 최근 들어 한일, 중일간 긴장이 높아진 것은 일본정부가 일부러 그런 상황을 만들고 있기 때문이다. 그렇게 함으로써 국내(일본)내 제반 문제를 보이지 않게 하기 위해서이다. 그리고 대외적인 긴장/대립을 이용해서 일본을 언제든 전쟁가능한 체제로 만들려 하고 있다. 따라서 위안부문제든 영토문제든 그런 문제들을 해결할 생각 같은 것은 전혀 없다. 내가 일본정부를 비판하는 것은 내가 일본국민이기 때문이다. 외국의…

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“帝国の慰安婦 告訴事態” 経過

“帝国の慰安婦 告訴事態” 経過 2005年 9月 朴裕河《和解のために:教科書・慰安婦・靖国・独島》(韓国語版)がプリワイパリ社から刊行される。次の年、韓国政府の文化体育観光部の優秀教養図書に選ばれる。 2006年 11月 朴裕河『和解のために:教科書・慰安婦・靖国・独島』(日本語版、佐藤久訳)が平凡社から刊行される。 2007年 1月 日本語版『和解のために』が第7回大佛次郎論壇賞を受賞する。 2008年 9月 韓国ハンギョレ、徐京植のコラム「妥協を強制する“和解”の暴力性 」掲載。 2009年 9月 ハンギョレ、ユン健次のインタビューでユンの新著を 「朴裕河の本を批判した本」として紹介。さらに 同年12月同じ本を「 日本の右翼の賛辞を受けた<和解のために>を批判した 本」と紹介。 2013年8月 朴裕河《帝国の慰安婦:植民地支配と記憶の闘争》(韓国語版)がプリワイパリ社から刊行される。 刊行後の秋から、慰安婦の方たち との交流。当事者の考える「謝罪と補償」について意見を聞く。 中でも、ナヌムの家に居住して いたペチュンヒさんと頻繁に交流。家族がおらず、日本語の堪能だったぺさんは朴によく電話をかけてきた。 2014年 4月 朴、慰安婦問題の解決方式に疑問を持つ日本学者、元駐日特派員ら と<慰安婦問題、 第三の声>と題する シンポジウムを開き、それまで公けに聞こえることのなかった元慰安婦の声を公開。 2014年 5月 13日 ぺさんに会いにナヌムの家を尋ねるが所長によって拒否される。その後も ぺさんとは電話で話すが、 告訴の話はなかった。 2014年 6月 9日 ぺさん 亡くなる。 2014年 6月 17日 ナヌムの家の所長と弁護士、元日本軍「慰安婦」9名の名前で韓国語版《帝国の慰安婦》記述の109箇所を、虚偽であるがゆえの名誉棄損として、著者と出版社代表を相手に全面販売禁止を求める刑事訴訟を起こす。同時に2億7000万ウォン〔約2700万円〕 の損害賠償を求める民事裁判を起こし、出版差し止めおよび元慰安婦への接近禁止の仮処分を申請する。7月から 仮処分訴訟が始まる。 原告側が「慰安婦は自発的慰安婦」「慰安婦を非難した」とする報道資料を出したため、朴はその後 現在まで国民的な非難にさらされることになる 。 告訴の根拠となった本の分析はナヌムの家の弁護士の学生たちが行った。…

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『帝国の慰安婦』 起訴対象箇所 日本語翻訳

『帝国の慰安婦』 名誉毀損起訴 対象箇所 ○以下は『帝国の慰安婦』(初版本:2013)のうち、司法の判断により削除対象となった38個所〔仮処分および損害賠償判決文における整理番号では34項目〕 と起訴の際追加された一箇所を訳して示したものである(下線部:39か所)。おおむね直訳となっている。起訴の際追加されたものは、最後に示した。 ○ 日本語資料を引用する場合の訳は、初版本(韓国語)から日本語にそのまま反訳した。日本語原文を参照しなおすよりは、提示した韓国語をそのまま反訳したほうが、韓国人読者が読んで受け取った印象をそのまま把握しうると考えたためである。 ○番号は、削除部分に前から順番に番号を振ったものであり、頁数は初版本による。   1.2.(19頁) 千田が述べた慰安婦の数は後程あらためて見てみるが、問題がないことはない。しかしこの本が“慰安婦”の悲劇に着目し、社会的な関心を喚起させようとした最初の本であるということだけは確かである。 千田は“慰安婦”を、“軍人”と同様に、軍人の戦争遂行を自身の体を犠牲にしつつ手助けした“愛国”を行った存在であると理解している。国家のための軍人たちの犠牲に対する補償はあるのに、なぜ慰安婦にはないのかというのがこの本の関心事であり、主張でもある。そして結論から言うと、そうした千田の視角は以後に出たそのいかなる本よりも慰安婦の本質を正確に捉えたものであった。 事実、慰安婦らの証言集をただ一冊だけ開いてみても、“慰安婦”という存在が私たちに知られた一つのイメージのみで決して十分ではない多様な側面を持っていたということにすぐに気づく。そうした意味では、これまで支援者たちと否定者たちが慰安婦について持ち続けてきた相反するイメージは、自身たちが見たいイメージから外れる証言は見なかったり無視した結果のものである。   3.(31~32頁) “ナンジャグン”とは娘子軍、社会の最下層で苦痛の中で働いていた女性たちを“軍人”にあてはめて呼んだものである。国家の欲望の実現のために動員された者たちが、いつの間にか国家の勢力拡張に助けとなる存在として、“国家のための”役割をする者たちとして認められるようになる過程で(もちろん動員のための国家の修辞であるのみである)生じた言葉であった。のちの慰安婦らもまた“娘子軍”と呼ばれ(『毎日グラフ』別冊『日本の戦歴』の慰安婦写真説明文と写真、<写真2>参照)、“慰安婦”たちはそのように国家の男性に対する被害者でありつつも国家によって“愛国者”の役割をしなければならない者たちでもあった(『和解のために』)。 それは、明らかに国家の不条理な策略であったが、外国で哀しい陰の生活をしていた彼女たちには、その役割は自身に対する矜持となり、生きていく力となった可能性もある。“シンガポール近郊ではほぼ6000名のからゆきさんがおり、1年に1000ドルを稼いだが、そのお金を日本人らが借りて商業をし”(232頁)たという話は海外のからゆきさんたちが日本国家の国民として堂々たりえたことを示している。 “からゆきさんの後裔”、“慰安婦”の本質はじつはまさにここにある。国家間“移動”がよりたやすくなった近代に、経済・政治的勢力を拡張するために他国に流れた男性たち(軍隊もそのうちの一つである)を現地にとどめておくために動員された者たちが“からゆきさん”であったのである(からゆきさんの最初の相手が日本の港に停泊したロシア軍人であったという事実は象徴的である)。そして、彼らの役割は“性的な慰め”を含めた“故郷”の役割であった。   4.(33~34頁) このように日本人女性を対象とした人身売買には、近代初期から朝鮮人たちも深く関与した。女性を慰安婦とし商品化した業者にも、慰安婦を性売買した利用者―軍人や軍属の中にも朝鮮人たちは少なくなかった。いわば、慰安婦を“強制で引っ張って行った”直接的な主体は業者たちであった。 もちろん、こうした事実らを直視することは心苦しいことではあるが(訳注:この部分は伏字版では削除)、“慰安婦”の本質を見るためには“朝鮮人慰安婦”の苦痛が、日本人娼妓の苦痛と基本的には変わらないという点をまずは知る必要がある。その中で差別が存在したことは事実であるが、慰安婦の不幸を作ったのは民族の要因よりもまず、貧しさと男性優越主義的家父長制と国家主義であった。そして、“朝鮮人慰安婦”という存在が発生することとなるのは、これらの位置を朝鮮人女性たちが代替した結果であった。そのようになった背景には韓国の植民地化と植民地へと移植された公娼制度があり、中間媒介者らはそうした過程で発生した存在であった。   5.6.(38頁) 日本軍は、既存の公娼と私娼だけでは足りず“慰安婦”をさらに募集することにしたことであろう。それに伴い業者に依頼することもあったが、一般的な“慰安婦”の大多数は“からゆきさん”のような二重性を持った存在と見なければならない。300万名を超える軍隊がアジアと南太平洋地域にまでとどまりながら戦争をすることになったため、数多くの女性たちが必要とされたところに過酷な状況に置かれることになったのが“慰安婦”であった。しかし、“現地の娘たちが公娼に合流”したという事実はすべての慰安婦が一様に日本軍に“誘拐”や“詐欺”にあったわけではないという事実も示している。 “日本軍慰安所”は一つではない。つまり、軍人がある日、独自で考案して慰安所を作ったのではない。早くから国家の拡張とともに存在した売春施設を利用していたところ駐屯兵力が多くなるや軍が場所を拡大し、管理するために指定したところがいわゆる“慰安所”であった。いわば、日本軍が利用したからと言って、アジア全域にあった、そうした類の施設らをすべて“日本軍慰安所”と見なすことには無理がある。 もちろん、軍人や憲兵によって引っ張って行かれた場合もなくはないように見え、個別的に強姦を受けた場合も少なくなかった。しかし“慰安婦”たちを“誘拐”して“強制連行”したのは少なくとも朝鮮の地では、そして公的には日本軍ではなかった。いわば、需要を作ったことがそのまま強制連行の証拠になるのではない。   7.(61頁) 国家が日本人をはじめとする“帝国の慰安婦”に託したもっとも重要な役割はまさにこうしたものであった。性的な搾取にあいつつも、死を目の前にした軍人を“後方の人間”を代表して“前方”で“慰安”し、彼の最期を見守る役割。いわば慰安婦には身体的な“慰安”のみならず、精神的な“慰安”までも要求されていた。彼女たちが“皇国臣民の誓詞”を暗唱し、何かの日であれば“国防婦人会”の服を着て、着物の上にたすきをかけて参与したのはそのためであった。それは国家が勝手に課した役割であったがそうした精神的な“慰安”者としての役割―自身の存在に対する(多少無理した)誇りが彼女たちの処していた過酷な生活を耐え抜くことのできる力となりえたであろうということは充分に想像することができることである。   8.(62頁) 千田がインタビューしたある業者は、自身が連れて行った彼女らが借りたお金を完済して自由の体になることができたときにもその仕事をやめようとはしなかったとしている。    応募した時もそうでしたが、こんな体になった私も軍人たちのために働くことができる、国のために身を捧げることができると考えて、彼女らは喜んでいました。ですから自由になって内地に帰っても、また体を売る仕事をするしかないことを知っていましたので、女性たちは軍人たちのために全力を尽くすことができたのです。もちろんお金も稼ぎたかったでしょうが。(26頁)   もちろん、これは日本人慰安婦の場合である。しかし朝鮮人慰安婦もまた“日本帝国の慰安婦”であった以上、基本的な関係は同じであるといわねばならない。そうでなければ敗戦前後の慰安婦らが負傷兵らを看護した、洗濯や裁縫をしたりしていた背景を理解することができない。朝鮮人慰安婦らが“さゆり”、“鈴蘭”、“桃子”のような日本名で呼ばれた(古山高麗雄「白い田圃」12頁)というのも、植民地人が“慰安婦”となることというのは“代替日本人”になることであったということを示している。   9.10.(65頁) 戦闘を終えて帰ってくる軍人たちは乱暴でサックもあまり使おうとはしなかった。顔、服、履物などが完全に土埃だらけであった。戦闘に出ていく人たちは多少温順で、もう自分には必要がないと小銭を置いて行ったりもした。戦闘にいくのが怖いと泣く軍人たちもいた。そんなとき、私は必ず生きて帰ってくるようにと慰労したりもした。本当に生きて帰ってきたらうれしく喜んだ。こうするうちに常連の軍人もかなりになった。「愛している」「結婚しよう」とも言われた。(『強制1』53頁)   騙されて行った場合であれ、志願して行った場合であれ、“慰安婦”の役割は根本的にこうしたものであった。家族と故郷を離れ、遠い戦地で明日には死ぬかもしれない軍人たちを精神的・身体的に慰労し、勇気を奮い立たせる役割、その基本的な役割は、数多くの例外を生んだが、“日本帝国”の一員として要求された“朝鮮人慰安婦”の役割はそうしたものであり、だからこそ愛も芽生えることがありえた。“数日戦争やって、あの山に行ったら、中国女性たちがいれば強制的に脱がせて、寝させるんだとさ。軍人たちがそうしたと言っていたよ。そんなときは、可哀想に中国女性はそうだったのかと思ったよ。(私たちに対しては)無条件という形で脱がしたりはしない”(『強制5』133頁)という言葉にあるように、中国人女性と朝鮮人慰安婦は日本軍には明らかに異なる存在であった。   12. (67頁) もちろん、こうした記憶たちはあくまでも付随的な記憶でしかありえない。仮に、守られて、愛し、心をゆるした存在がいたとしても、慰安婦たちに慰安所は、抜け出したいところでしかありえないからである。かといって、そこにこうした類の愛と平和が可能であったことは事実であり、それは朝鮮人慰安婦と日本軍の関係が基本的には同志的な関係であったためである。問題は彼女たちには大切であったはずの記憶の痕跡を、彼女たち自身が“みな捨ててしまった”という点である。“それを持っていると問題になるかと思って”という言葉は、そうした事実を隠蔽しようとしたのが、彼女たち自身であったということを示している言葉でもある。そして、私たちは解放後、そのように“記憶”を消去させながら生きてきた。   13.(99頁) ビルマのラングーンにいて、戦争末期に爆撃を避けて他国に身を移したこの慰安婦たちもまた、日本軍の案内で日本まで来て帰国したケースである。彼女らが“戦争犯罪人”、すなわち戦犯たちがいるところへ行くことになった理由は、彼女たちが“日本軍”とともに行動しつつ、“戦争を遂行”した人たちであったためである。それは、たとえ、彼女らが過酷な性労働を強要されていた“被害者”であったとしても、“帝国の一員”であった以上、避けることができない運命であった。   14.(112頁) 何より、性労働の加害者は、女性を“教育”から排除させて、経済的な自立の機会を与えず、父と兄が物のように売ることができた時代、女性の所有権を男性が持っていた時代の家父長制的な国家であった(『和解のために』)。したがって“朝鮮人”が最初からターゲットになる理由もなかった。朝鮮人女性が慰安婦になったのは、今日でも変わることなく、ほかの経済活動が可能な文化資本を持たない貧しい女性たちが売春業に従事するこことなることと同様の構造の中のことである。彼女たちの中には兄の学費をまかなうために、工場に行く女工のように、家族のために自身を犠牲にした女性が少なくなかった。   15.16.(120頁) 慰安婦問題を否定する人たちが‘強制性’ を否定するのは彼らが慰安婦に関する記憶のうち”彼らだけの“記憶に執着するためである。彼らの中には慰安婦問題を完全に否定する人たちもいるが、多くは‘強制連行’か‘20万人という数字’を問題にしている。そしてそのように考える私たち(韓国人)の考えに問題がないわけではないということはこれまで見てきたとおりである。 慰安婦問題を否定する人たちは“慰安”を“売春”としてのみ考えたし、私たちは“強姦”としてのみ理解したが、“慰安”とは基本的にはその二つの要素を両方包むものであった。言い換えると、“慰安”は過酷な搾取構造の中で実際にお金を稼ぐ人は少なかったが、基本的には収入が予想される労働であり、そうした意味では“強姦的売春”であった。あるいは“売春的強姦”であった。…

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형사재판 경과 및 관련자료

2014년 6월 17일 나눔의집, 위안부할머니 9인을 원고로 하여 『제국의 위안부』 저자와 출판사대표를 고발. 위안부할머니의 명예훼손과 무관한 지원단체 관련 지적 다수 포함한 109곳을 “허위” 에 의한 명예훼손으로 주장, 형사고발과 함께 1인당 3천만원씩 2억 7천만원 민사배상을 요구 2014년 6월 17일 명예훼손에 의한 형사고발에 의해 형사소송 개시. 손해배상청구 소장 원문보기 손해배상청구 소송 위임장 원문보기 손해배상청구 증거자료로 첨부된 나눔의 집 고문변호사이자,…

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손해배상소송 경과 및 재판자료

2014년 6월 17일 나눔의집, 위안부할머니 9인을 원고로 하여 『제국의 위안부』 저자와 출판사대표를 고발. 위안부할머니의 명예훼손과 무관한 지원단체 관련 지적 다수 포함한 109곳을 “허위” 에 의한 명예훼손으로 주장, 형사고발과 함께 1인당 3천만원씩 2억 7천만원 민사배상을 요구 손해배상청구 소장 원문보기 손해배상청구 소송 위임장 원문보기 손해배상청구의 증거자료로 첨부된 나눔의 집 고문변호사이자, 한양대학교 법학전문대학원 리걸클리닉센터의 지도교수인 박선아 변호사와 학생들이(최민혁, 고현미, 김도희, 김재민,…

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민사 가처분소송 경과 및 재판자료

2014년 6월 17일 나눔의집, 위안부할머니 9인을 원고로 하여 『제국의 위안부』 저자와 출판사대표를 고발. 위안부할머니의 명예훼손과 무관한 지원단체 관련 지적 다수 포함한 109곳을 “허위” 에 의한 명예훼손으로 주장, 형사고발과 함께 1인당 3천만원씩 2억 7천만원 민사배상을 요구 2014년 6월 17일 명예훼손에 의한 도서출판등금지 및 접근금지 가처분신청에 따른 민사소송 개시 도서출판등금지 및 접근금지 가처분신청서 원문보기 특기할 사항은, 본문 가처분신청서의 42~44…

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재판자료

민사 – 손해배상청구 소송 손해배상청구 소장 원문보기 손해배상청구 소송 위임장 원문보기 ‘제국의 위안부(박유하 지음, 2013)’의 문제점과 법적 대응방안에 대한 보고서 보기 최종 답변서 전문보기 민사 – 가처분 소송 도서출판등금지 및 접근금지 가처분신청서 원문보기 도서출판등금지 및 접근금지 가처분신청 위임장 원문보기 가처분 신청취지 및 신청이유 변경신청서 본문보기 형사소송 검찰기소장 본문보기 검찰기소 반박문 서문 보기 공판준비명령에 대한 의견서 보기…

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제국의 위안부 – 발간 직후 서평 및 인터뷰

현재 업데이트 중입니다… 서평 2013년 8월 9일 경향신문 위안부 해법, 일본정부는 물론 한국의 민족주의도 걸림돌 2013년 8월 9일 서울신문 또다른 위안부 시각… 불편한 재인식 2013년 8월 10일 동아일보 위안부의 반쪽 진실… 가려진 절반을 들추다 2013년 8월 14일 불편한 기억… 가려진 절반을 들추다 2013년 9월 6일 프레시안 ‘위안부=비극의 소녀상’ 뒤집는 두 가지 시선? 인터뷰 2013년 8월…

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